プロフィール

 
1960年 長崎市生まれ。 幼年期を九州で過ごす。 大阪府立三国丘高校卒、 神戸大学教育学部卒、 広島大学大学院終了 豊中市立第十中学校、第十五中学校に 勤務。この間、全教豊中教職員組合書 記長をつとめる。 現在市議4期目 文教常任委員長、監査 委員、市議団幹事長を歴任。 家族は妻と娘3人 趣味はテニス
1.幼少の頃の私は、ガキ大将

2.スパルタ塾に通った中学時代

【大学院生のころ】 1960年長崎市で生まれました。日本生命保険に勤務していた父の転勤にともなって北九州、西宮、堺などに居住しました。小学校6年生の時に、友人、弟の3人で広島・山口方面に旅行をして広島原爆資料館を訪れ、戦争の悲惨さと平和の大切さを痛感しました。 その後、大阪府立三国丘高校を卒業し、神戸大学教育学部に進学。そこで故斉藤浩志先生に出会って「平和を守ることの大切さ」を学び、平和教育を研究するために広島大学大学院に進学しました。そして、大学院の研究で科学的社会主義の理論に出会い日本共産党に入党。

2.スパルタ塾に通った中学時代

【卒業式で生徒たちと】 1986年、豊中市立第十中学校に英語教師として赴任。当時の十中は大変な状況でしたが、ある日ツッパリの先頭にいたA君をドライブに連れて行った時のこと。彼は学校とは全く違う顔を見せ、ドライブの最後には「先生、今日はほんまにありがとう」と深々とお辞儀をしてくれたのです。 その経験から、「子ども達を一面的に見ずに多面的にとらえ、彼らの心に共感することの大切さ」を学びました。その後 、教科や学級づくりの研究会に精力的に参加しつつ 、全教豊中教職員組合書記長として教育条件の改善に取り組みました。1994年に豊中市立第十五中学校に転勤。

2.スパルタ塾に通った中学時代

【学校施設ウォッチング】 1999年に豊中市議会議員となり、その後4期16年 、文教常任委員長や監査委員、市議団幹事長をつとめました。この間豊中市政では、行革によって市民のための施策がどんどん削減されていきましたが、私は皆さんから寄せられる切実な声を議会で取り上げ続けました。 そして、介護保険料減免制度の拡充、国民健康保険料の値下げ、放課後子どもクラブ (学童保育)の時間延長などの施策実現に結びつけることができました。 また、いじめや不登校問題をはじめ2000件を超える相談を市民の方から頂き、その解決に向けて全力で取り組んできました。相談が無事解決して喜んで頂いた時は、本当に議員としてのやりがいを感じました。