12月29日 ー昨日は、教え子達と楽し時間を過ごすことができましたー

27日は、午前中はいつき市議と街頭宣伝を行いました。午後からは市議団控え室で色々と調べ物をし、午後6時からは地区委員会総会に出席。その後は、地域にもどり年末の夜警に参加しました。

28日の午前中は、地域の活動に参加し、その後は梅田に大阪都構想にかかわる本を買いに行きました。
帰宅後は本を読むと共に、事務所のある団地の管理組合理事の方と一緒に、建て替え検討委員会委員の依頼などに団地内をまわりました。

夜は、15中時代の教え子Kさんら3名と会って色々とお話をしました。Kさん達を教えたのは、豊中10中から15中に転勤してきた最初の年でした。私は3年生の副担任となりましたが、もう一人の英語科N先生との関係で、私は3年生6クラスのうち、1組と5組の二クラスだけを教えました。

Kさん達は5組でした。転勤してきた先生、ということもあって、最初の内は生徒達も私も緊張した感じでした。私は、わかりやすくて楽しい授業、となるように、教科書の教え方を工夫すると共に、英語の歌を毎時間やったり、時にはギターを弾いて歌を歌ったりしました。おかげで、半年後にはすっかり生徒達もなじんでくれ、担任の先生から「うちのクラスの生徒達は、英語の授業が大好きみたい」と言ってもらえるようになり、大変嬉しかったです。

Kさんも「英語の授業は楽しくて、あらい先生は人気があった」と言ってくれていました。現在Kさんは、関東方面で教師をしていおり、色々と悩みを語ってくれました。それに対して私なりに、生徒達をどう見るか、教師としての力量をどう高めるか、など色々とお話をしたのですが、今日、「胸のつかえが解け、新たな課題を発見できる有意義な会でした。あきらめずに頑張っていきます」と嬉しいメールが届きました。

教え子達の力に少しでもなれたのなら、これに勝る喜びはありません。来年も元気で教師として成長していってくれることを願ってやみません。

2014年12月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : makoto arai

12月26日 ー選挙後も、多くの方々からご声援を頂いていますー

20日は、山本いっとく市議ブロックの忘年会に参加しました。その後、近くで行われた子育てサークルのクリスマス会に参加し、挨拶をさせて頂きました。そこで、何と偶然に、15中教員時代の教え子の松村君(下写真右)に再会しました。彼は、クリスマス会に子ども達を楽しませるゲストとして呼ばれていたのですが、今では吉本興業所属のニューポップオーケストラというグループ名で頑張っている芸人です。ホームページはhttp://newpopsorchestra.jp/です。大学を中退して吉本興業に入ったそうで、自らの道を進もうとする彼に、とても感銘を受けました。なかなか楽しいショーを繰り広げます。みなさん、ぜひ応援してあげて下さい。

松村写真

21日の午前中はいつき市議と街頭宣伝を行いました。午後からは、生活と健康を守る会の総会に来賓として招かれ、ご挨拶をさせて頂きました。

22日の朝は曽根駅で宣伝。その後は控え室で、1月に配布する全戸配布用のあらいリーフレットの修正案を作成。午後からは、山本いっとく市議と街頭宣伝を行いました。夜には、退職教員の有志の方々との忘年会に参加しました。

23日の午前中は、府会選対会議に出席。午後からは地域の行事に参加しました。夜は、いつき地域ブロックの忘年会に参加しました。

24日の朝は服部天神駅で宣伝。その後午前中は団会議に出席。午後からは、市民の相談対応で庄内へ。その後は市役所で来客に対応しました。

25日の朝は岡町駅で宣伝。その後午前中は、地域の共産党の支部の会議&忘年会に参加しました。その後は市役所に行って仕事をし、午後からは松下市議と街頭宣伝を行いました。
26日の午前中は山本正美市議と街頭宣伝を行いました。

選挙が終わってから街頭宣伝に何度か出ましたが、宣伝カーに手を振ってくれる人が本当に多いのにびっくりします。支持してくれる方が増えているとともに、今までの支持者の方々が今回の衆議院選挙の躍進で元気になった、ということもあると思います。いずれにしても、手を振ってくれる方がたくさんいると、本当に元気になります。また、曽根駅頭の街頭宣伝でも、立ち止まって耳を傾けてくれる方もいれば、バスを待っている間に、私の方を向いてジーと話を聞いてくれている方が何人もいました。府会選挙まであと3ヶ月。多くの方々の励ましに、「頑張るぞー!」という思いをさらに強くしている次第です。

 

2014年12月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : makoto arai

12月19日  ー12月個人質問で、日本軍慰安婦問題について取り上げましたー

総選挙で日本共産党が8議席から21議席に大躍進して、大変喜んでいますが、慶びもつかの間、翌日の15日からは18日に行われる個人質問への準備に追われました。
昨日、その質問も終わり、今日19日で本会議も終わりました。昨日は、豊中えびすの懇親会がありました。となりに、若いかわいい福娘さんが座ってくれ、楽しくお話をしました。

さて、昨日の個人質問では母子父子寡婦福祉資金(母子・父子家庭向けの無利子の奨学金で、中核市になると貸し付け事務は市の事業となる)の豊中市としての新規貸付件数が、一昨年度は4件、昨年度はわずか2件でした。大阪府下の同じ中核市である高槻市は昨年度47件、東大阪市は34件も貸し付けています。
全国の中核市35市も調べましたが、貸し付け件数が二桁以上の市は25市にのぼります。岐阜市などは89件でした。
豊中市は、貸し付け基準を厳しくし、確実に返済が保障されるようなケースしか貸し付けていないからです。しかし、この奨学金は、経済的に厳しいひとり親家庭の子ども達を支援するためのものです。また、貸し付け原資は、国が3分の2で、市が3分の1を負担しますが、市の負担分は一定地方交付税として戻って来ます。

私は、これまでにも委員会で改善を求めてきましたが、貸し付け件数は相変わらず極端に少ない状態であり、この度本会議で改めてとりあげて、市の姿勢を厳しく批判し改善を求めました。
市は「今後は、ひとり親家庭の子ども達を、より支援する制度となるように検討していく」と答え、改善に向けて努力していく姿勢を示しました。来年2月、3月が申し込みの時期です。実績としての新規貸し付け件数が増えるかどうか、注目したいと思います。

それから、先日の総務常任委員会で、日本軍慰安婦問題に対する批判がとりあげられたこともあり、日本軍慰安婦問題についても改めて質問しました。以下、その内容です。

(日本軍慰安婦問題についての市の歴史認識について)
「1問目質問」
先ほどの、母子・父子寡婦福祉資金でもふれたように、母子家庭の経済的窮状は、日本における女性の人権保障がまだまだ不十分であることの表れです。
一方、日本軍慰安婦問題、いわゆる従軍慰安婦問題は、日本が行った戦争のもとで女性の基本的人権が著しく蹂躙された、許されない犯罪行為でした。この行為に、日本の国や軍がかかわった事実を認め、誠実かつ真摯に誤りを認めることは、女性に対する国内的・国際的人権保障の発展にとってきわめて重要であると考えます。この観点から、日本軍慰安婦問題についての市の認識を伺います。

まず、日本軍慰安婦問題について、1993年8月に出された河野洋平元官房長官談話の内容について、①慰安所設置の範囲、②慰安所の設置・管理及び慰安婦の移送について、③慰安婦の募集について、④慰安所における生活について、⑤慰安婦の出身地と慰安婦達の意志について、それぞれどのように述べているのか伺います。

また、市として、国内的・国際的に女性の人権保障を発展させていくという観点から、日本軍慰安婦問題をどのように受け止め、日本軍慰安婦問題の何を教訓とすべきと考えるか。市の見解を伺います。

ー答弁ー
(河野談話の前半を述べた後)
この問題については、戦時下において女性の尊厳が深く傷つけられたという人権問題であり、歴史に真摯に向き合って、このようなことが二度とくり返されてはならない、と考えております。

 

「2問目質問」
答弁であったように、河野談話では
「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び 慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与したこと、が明らかになった」、そして「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」と述べられています。
この点に関しては、「慰安所規定や身分証明書、渡航許可書の発給等をはじめとする政府関係資料があった」ことが明らかにされています。

そして、これらの一連の調査で、慰安所における慰安婦の生活が、自由のない強制的なものであったことが、明らかとなりました。

つまり、自らの意志で来たにせよ、強制的に連れてこられたにせよ、ひとたび日本軍慰安所に入れば、居住の自由もなく、外出の自由もない、相手を拒否する自由もない、監禁拘束され強制使役の元におかれて軍人の性的相手を強要された、まさに性的奴隷状態におかれた、ということことです。

これまでアメリカ下院、オランダ下院、カナダ下院、欧州議会、韓国国会、台湾立法院、フィリピン下院外交委員会と、七つの国・地域の議会から日本政府に対する抗議や勧告決議があげられていますが、これらの文書も、日本国や軍の管理の下で、慰安婦達が性的奴隷状態におかれたことこそ、最も厳しく批判しています。

日本軍慰安婦問題においては、「日本国や軍の管理下で慰安婦達が性的奴隷状態と言えるような状況におかれた」ということがこの問題の核心であると考えますが、この点についての市の認識を伺います。

ー答弁ー
七つの国・地域議会からの日本政府に対する抗議や勧告文書は把握しておりませんが、河野内閣官房長官談話では、「慰安所のける生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」、「多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である」と表明しており、これを重く受け止めることが大切だと考えております。

「3問目質問」
河野談話を引き合いに出すだけでなく、それを受けて市としてはこう考える、という主体性を持った答弁を頂きたいものです。先にすすみます。

河野談話では、「軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧によるなど、本人達の意志に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」としています。 しかし、政府の調査では、「強制的に慰安婦とされたことを立証する日本側の公文書」は見つかりませんでした。

そのため、政府が16名の元慰安婦達への聞き取り調査を行い、「その証言の信憑性は揺るぎない」と政府が判断し、「本人の意志に反して慰安婦にされた」、つまり「慰安婦にされた過程に強制性があった」という結論が出されました。

しかし今、一部メディアや政治勢力によって日本軍慰安婦問題について、この問題の本質を見ない「従軍慰安婦問題の強制性へ批判」が改めて行われています。
そのきっかけが、吉田証言なるものが虚偽であったことが明らかになった、ということにあります。そこで伺いますが、市は、この吉田証言とは、どのようなものであったと認識されていますか。

ー答弁ー
証言については、報道機関の報道でしか知ることができませんが、証言は虚偽と判断して証言に基づく記事を取り消した報道機関では、「韓国・済州島で慰安婦を強制連行した」とする証言、と伝えていることから、そのような証言であったものと認識しております。

 

「4問目質問」
答弁にあったような吉田氏の証言、つまり彼が、韓国・済州島で女性達を強制連行した、いわゆる慰安婦狩りを行った、とする証言は、当初からその信憑性に疑問が出されており、河野談話にも彼の証言は採用されていません。したがって、彼の証言が虚偽であったことが、日本軍慰安婦問題の、いわゆる強制性を否定するものでは全くありません。

強制性という場合、「良い仕事がある」などと騙して女性をつれて行って無理矢理慰安婦にした、というケースもあれば、日本軍兵士らによって無理矢理自宅から連れ出され拉致・連行された、といった身柄そのものを強制的に拘束されたケースもあります。

そのいずれもが、政府による慰安婦達への聞き取りによって確認されているだけでなく、元慰安婦達が起こした日本国内での10の裁判のうち、8つ裁判の判決は、女性達が慰安婦にされた様々な状況をはっきりと事実認定しています。つまり、慰安婦達が日本軍によって強制連行された、という事実があったことを、日本の司法が正式に認めているのです。

今まで述べてきたように、日本軍慰安婦問題とは、日本政府や軍が設置や管理にかかわった慰安所において、慰安婦達が全く自由のない性的奴隷状態におかれ、女性の人権が根本から否定された、ということが問題の核心であり、さらに、慰安婦にされた女性達の多くが、その意に反して強制的に慰安婦されたこと、が事実認定されている、ということです。
市は、日本軍慰安婦問題について、この点をしっかりとふまえて、今後対応していくことが必要です。
そこで、最後に改めて伺います。市は、市民に対して、日本軍慰安婦問題について、今後どのように伝え、今後の女性の人権保障発展につなげていこう、と考えていますか。

ー答弁ー
すでにお答えしましたとおり、戦時下における女性の人権問題であり、歴史に真摯に向き合って、このようなことが二度とくり返されてはならないと考えております。今後も、人権・平和の大切さや戦争の悲惨さを広く訴えるとともに、人権文化のまちづくりをすすめてまいりたいと考えておりますので、よろしくお願いします。

 

「5問目(意見)」
答弁にあったように、日本軍慰安婦問題は戦争下に起こった犯罪であるとともに、男性によって蹂躙された「女性の人権問題」です。
従って、豊中市が本当に、女性の人権保障をさらに発展させていくまちづくりをすすめていこうというのなら、この日本軍慰安婦問題につての誤った批判に対しては、毅然として市の見解を表明していく姿勢が非常に求められる、ということを改めて申し上げて質問を終わります。

2014年12月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : makoto arai

12月10日 ー教え子から嬉しいメールをもらいましたー

12月3日から、本日12月10日まで、連日選挙活動で大忙しです。

朝は、候補者といっしょに、毎日早朝駅頭宣伝を行い、その後候補者カーに、朝、昼、夕方の3回に乗り、「候補者が休憩している間に、候補者の代わりに演説する」というのが、毎日の日課です。
これ以外に、地区委員会で演説のチェックや℡への対応など色々な雑用もこなしています。

今回の選挙は、自民党が大勝しそうだという予想とともに、日本共産党への期待も大きくふくらんでいます。街頭での反応も今までになくいいです。特に、20代くらいの若者が手を振ってくれたりビラを受け取ってくれたりします。
日本共産党が、ブラック企業や非正規雇用の拡大を、国会で厳しく追及していることが広く知られるようになってきたのでしょうか。

さて、選挙中ですが、教え子のAさんから次のような嬉しいメールが届きました。

「新居先生
突然のメールを失礼いたします。
私は、豊中15中学校○○期生の○○○○と申します。
○年3月に中学校を卒業しました。
新居先生には、中学3年時の英語の授業を担当していただきました。
当時の担任教諭は○○先生です。
新居先生、思い出していただけるでしょうか?
私は現在、○○県に在住し○○科の教員として中高一貫校に勤務しております。
教員として○年目を迎えたこのごろ、私にとって印象深い、いい先生ってどんな先生がいたかなと思い返す機会がございまして、先生へアクセスさせていただきました。
とはいえ、先生も大変な場で活躍されているとのこと。このメールも送信させていただいたとはいえ、先生に思い出していただけるかとても心配です。(笑)
今月末に、大阪へ行きます。先生と短時間でもお会いできればなあと思っております。
それでは、先生お忙しいところ申し訳ありません。
ご一読いただけましたら、一言メッセージがいただけるとうれしいです。」

ということで、年末にお会いすることとなりました。色々と悩んでいることもあるようです。
私も、議員という教員とは異なる仕事について、客観的に過去の自分の仕事を見つめられるようになりました。それゆえ、現職の教員とはちょっと違う観点からお話ができるような気がします。どんなお話になるのかは分かりませんが、年末が楽しみです。

2014年12月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : makoto arai

12月2日 ーアベノミクスによって、「実質賃上げ率が34年ぶりにマイナス」が真実ー

28日の朝は、桃山台駅で早朝駅頭宣伝を行い、その後午前中は宣伝カーで街頭宣伝を行いました。午後からは、議会対応のため市議団控え室で仕事をしたの後、夕方からは赤旗新聞の集金にまわりました。

29日の午前中は、山はた光子選挙事務所開きに参加して司会をつとめ(下写真)、

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午前中は予定候補都いっしょに街頭宣伝に回りました。

午後からは、元教職員の仲間達が企画してくれていた「あらい真さんを励ます会」に参加しました。元々は、府議選の候補者としての私を励ます会でしたが、急きょ衆議院選挙が行われることになったので、大阪八区予定候補の山はた光子さんも来て、挨拶をされました。

会には、中学校の時の元担任の先生が遠くから来て激励して下さり、大変嬉しかったです。また、病気療養中の別の先生もメッセージを送ってくれました。
楽しいお話や、心温まる励ましの群読あり、で大変楽しく、また力をもらいました。また、三女の瞳も参加して「父をよろしく」と話してくれました(下写真)。

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ご準備頂いた皆さんと、ご参加頂いた方々に、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。有り難うございました。衆議院選挙での大躍進を勝ち取り、来春の統一地方選挙での府議会議席確保のため、全力で頑張りたいと思います。
夜は、候補者会議に主席しました。

30日の午前中は、事務所のある団地の親睦行事の「お餅つき」に参加しました。少し顔を出してから公民分館の文化祭に行こうと思っていましたが、餅つきの未経験者ばかりのようだったので、結局最後まで参加することになりました。私は、新千里東町の福祉委員会主催の餅つきにこの14年毎年参加してきたので、餅の付き方、返し方、など大体の段取りはわかっているので、ある程度お役に立てたようです。
午後からは、宣伝カーに乗って街頭宣伝に回り、夕方からは新聞赤旗の集金にまわりました。

12月1日の午前中は、市役所控え室に行って仕事をし、午後からは地域で街頭宣伝を行った後、新聞赤旗の集金にまわりました。

12月2日。いよいよ本日から衆議院選挙が始まります。朝は、山はた光子候補の出陣式に参加して挨拶をしました。私からは、「アベノミクスのでたらめさ」、「集団的自衛権が流行語大賞になったのに受賞を辞退したことは安倍政権の大義のなさの表れであること」、「沖縄の4つの選挙区で、自民党候補に対抗して保守・革新の共同候補擁立という、歴史上画期的な出来事がおこっていること」等をお話ししました。
その後、午後からの環境福祉委員会で審議される請願の紹介議員のとしての準備などを市役所控え室で行いました。午後からは、環境福祉常任委員会に出席しました。

さて、自民党は総選挙の政策で賃上げ率が「過去15年で最高の2.07%になった」とアベノミクスの効果を宣伝しています。
この数値は、連合が今年の春闘の結果として公表したものです。確かに、名目だけを見ればそうなります。しかし、今年は消費税増税とアベノミクスによる円安効果で、物価が上昇しています。労働者にとって重要なことは、物価の上昇よりも賃金が上がっているかどうかです。
この賃上げ率を物価上昇率(1月~10月の平均2.6%上昇)で割り引いて計算すると約0.5%の賃下げになります。
では、これまでどうだったのでしょうか。厚生労働省の「民間主要企業春闘賃上げ要求・妥結状況」で計算すると、1970年代以降、実質賃上げ率がマイナスになったのは76年と80年だけでした。
安倍首相が国民に語るべき真実は、「実質賃上げ率が34年ぶりにマイナスになった」ということなのです。アベノミクスは、この34年間で最悪の生活状況を招いているのです。

2014年12月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : makoto arai