11月23日 ー橋下氏は、逃げる口実がほしかっただけ?ー

19日は、午前中は松下市議と、豊南・庄内地域で街頭宣伝を行いました。午後からは私単独で、末広町・蛍池方面で街頭宣伝を行いました。

20日は、衆議院選挙予定候補の山はた光子大阪八区国政対策委員長や、いつき市議、山本正美市議らとともに、岡町駅で早朝駅頭宣伝を行いました。その後午前中は、私単独で、宣伝カーで街頭宣伝を行いました。

午後からは私用で千里に戻り、夕方からは庄内地域行われた民主商工会主催の食べ歩き会に参加しました。普段はお目にかかれない方と色々とお話しできて、大変有意義な時間を過ごしました。「また次に庄内に来た時には食事に来よう」と思えるお店と出会えたのも嬉しかったです。

21日の金曜日は、衆議院選挙予定候補の山はた光子大阪八区国政対策委員長、堀田府議、山本いっとく市議らとともに、蛍池で早朝駅頭宣伝を行いました。
その後、この日は私用で休みを取っていたのですが、実家に向かう車の中で突然頭に激痛が走り、その後はしばらく頭痛が続きました。

22日の朝、頭痛は大分ましになったのですが、気分も悪く、身体もだるく、妻も心配していたので病院に行きました。病院でCTをとった結果、脳には異常はなく、過去の病歴などから、多分「帯状疱疹ヘルペスの初期だろう」ということで薬をもらいました。
午後からは、この日2箇所で集会があり、私がお話することになっていたので、しんどかったですが頑張って参加しました。頭がはたらかず、あまり言いお話ができなかったのが申し訳なかったですが。
ヘルペスは、ストレスがあったり抵抗力が弱くなると出てくるそうで、ここのところ少し無理をしてきた影響かなあ、と思うのでこの2~3日は静養しようと思います。

ところで、橋下氏と松井氏は、衆議院選挙への出馬を見送るようですが、当然でしょう。だいたい、「出馬をしようか」という発想が出てくる事そのものが無責任きわまりないと言えます。

もし、出馬して、例え橋下氏と松井氏が当選したとしても、市政・府政の投げだしの批判は相当大きくなり、後任を決める大阪市長選挙・大阪府知事選挙では、「維新包囲網」がひかれますから、まず勝利するのは無理でしょう。

そうなれば、大阪都構想どころか、4月の統一地方選挙で惨敗することは目に見えています。そんなこともわからないのか、と本当にあきれます。大阪にとことん責任を持つつもりならば、最初から「国政選挙の立候補はありえない」という返事が返ってくるはずです。
結局、橋下氏は、大阪都構想実現の見通しがむずかしくなり、「勝てる見込みがなくなってきた」ために、これ以上やるのがいやになってきただけではないでしょうか。