8月17日 ー永年党員(30年)として表彰を受けましたー (2014.08.17)

8月12日は、午前中は9月6日に市議団主催で行う「高齢者支援・介護シンポジュウム」でパネラーをお願いしている介護事業所の方と、打ち合わせを行いました。今回パネラーを引き受けて下さった男性は、まだ30代前半ながら大変知識も豊富でしっかりされており関心しました。充実したシンポジュウムになりそうです。

午後からは、大阪民主新報の取材を受けました。府会候補の横顔を取材して順次掲載するそうで、私のことは8月24日付けの大阪民報に掲載される予定です。

夕方からは、豊中十中時代の同僚だったA先生と、同じ全教でがんばったB先生の3名で久しぶりに会って色々と話をしました。A先生は66歳になられますが、立命館大学に講師で行かれて生活指導論を教えているとのことで、学生達が感動する授業を精力的に行っておられその話をたっぷりきかせてもらいました。

13日と14日は、朝から終日、お盆明けに発行するニュース作りを市議団控え室で行いました。

15日は、妻、と次女、三女と共に、神戸に亡き父の実家の墓参りに行きました。その後、神戸三宮の中国酒家という中華料理店(ここの料理がとてもおいしいのです)に行きお昼ご飯を食べ、その後元町界隈で娘達と買い物をしました。帰りには、大阪市内の病院に入院中の母を見舞いました。

16日の午前中は松下市議と地域を訪問。午後からは30日に行う「あらい真を励ます会」のための資料づくりをしたり、9月6日に市議団主催で行う「高齢者支援・介護シンポジュウム」のための資料を読んだりしました。

17日の午前中も30日の準備、午後からは30年党員、50年党員を表彰する全党員集会に出席しました。今回は、私自身が党員歴30年を迎え、永年党員の表彰を受けました。

大学院1年生で入党し、その後色々とありましたが、科学的社会主義の歴史観、哲学は、その後の教員生活の、そして政治家としての大きな指針となりました。そして、表彰を受けた年に府議候補として新たな挑戦をすることになったわけです。

亡き父が残した手記に、私の父方の祖父と祖母の話がのっており、それを読むと、今私が日本共産党員としてやっているのも祖父や祖母の影響が少なからずあったのか、と思わずにいられません。今日の集会ではその話をさせてもらいました(その内容は2010年12月13日付け、10日付けのブログをご参照下さい)。

8月12日 ー「集団的自衛権行使の慎重審議を求める意見書提出に関する請願」は、1票差で残念ながら不採択にー (2014.08.12)

7日の午前中は、いそがわ和洋前市議会議員と熊野町の支持者を訪問。午後からは市役所で市議団会議に出席しました。8日の朝は、翌日に控えた新千里北町の夏祭りを実施するかどうか事務局関係者が集まって検討。台風の影響で9日、10日とも雨天の可能性が大きかったので中止と決定しました。 参加各団体個人には、8月4日段階で「食材の購入は、8日の朝に実施するかどうかの判断をするのでその後にお願いします」と連絡していましたので、影響は最小限に抑えることができたと思います。 午後からは、7月臨時議会本会議最終日。7月臨時議会に提案された補正予算は、子ども医療費助成の小学校卒業までの拡充、保育所定員を3年間で1400名拡大、病児保育の実施など評価すべき点が多くあったので、私たち日本共産党市議団は、第二学校給食センターの運営を民間委託する方向が示されている等の問題点を指摘した上で賛成しました。 その後、市民から本議会に出されている請願に対する審議が行われました。 九条の会・豊中ほか15団から出されていた「立憲主義に反する集団的自衛権行使容認について慎重審議を求める意見書提出に関する請願」については、多くの議員によって討論が行われ賛否が割れました。 公明党市議団や自民党市議団の採択反対の討論では、「集団的自衛権の行使については、慎重に審議が行われており、従来の憲法解釈の延長線上のものであって立憲主義に反するものではない」との意見表明がありました。 しかし、これは子どもでもわかるこじつけ、ごまかし以外の何ものでもありません。 歴代の内閣が一貫して、「憲法九条の元では、集団的自衛権は行使できない」としてきたのであり、これがこれまでの政府の示してきた公式の憲法解釈です。 つまり、集団的自衛権の行使が憲法上認められないことは、時の政府の方針ではなく、「日本国」としての一貫した方針でした。従って、集団的自衛権の行使を可能にしようというのであれば、憲法を変えることがどうしても必要です。しかし、集団的自衛権の行使についての国民的な議論は全くなされないまま、自公政権は「憲法解釈をねじ曲げる」という姑息な手段に打って出ました。 今回の件は、集団的自衛権行使の是非以前の、法治国家としてのあり方そのものの問題です。 だからこそ、読売新聞をはじめ各種世論調査でも8割を超える国民が、「集団的自衛権をめぐる問題を安倍政権が国民に十分説明していない」と答えているわけです。 請願では、「集団的自衛権の行使容認は国の形をかえることである」と指摘した上で、「このような大事なことを十分な話し合いも行われず、国民の意見を聞くことなくすすめようとすることは許されないことです」「豊中市議会として集団的自衛権の行使容認については慎重な審議を求める意見書を国に提出してほしい」と求めています。この要望を否定することは、国民的議論を否定することであり、民主主義の否定にほかなりません。 私たち日本共産党市議団は、この観点から討論を行い請願採択に賛成しました。請願の採択をめぐっては与党会派の中でも意見がわかれましたが、最終的には、請願採択賛成17名、反対18名で、残念ながら請願は不採択となりました。請願への各議員の態度は以下の通りです(敬称略)。 賛成:日本共産党(あらい、山本いっとく、いつき、出口、山本正美、松下)、市民クラブ全員、未来とよなか全員、新政とよなか(大町、福本)、無所属(木村、熊野) 反対:自民党全員、公明党全員(議長を除く)、新政とよなか(福岡、中蔵、太田)、無所属(上垣、松岡) 9日の午前中は、台風で中止になった北町夏祭りで注文をしていたお弁当の配布、午後からは「たつみコータローを招いてのつどい」に参加しました。午前中は大雨でしたが、午後からは幸い雨があがり何とか実施できました。 10日は、台風のためすべての予定がキャンセルされ、終日家でゆっくりしていました。おかげでいっぱい読書ができました。 11日の午前中は市役所で仕事をし、午後からは手術のために入院する母を病院に連れて行き、その後の対応で夕方までかかりました。

8月7日 ー今でも建設労働者不足が深刻。オリンピックに対応出来るのか?ー (2014.08.07)

8月1日は、早朝駅頭宣伝を幸村市議予定候補と行った後、9日に行われる新千里北町夏祭りの残っていた企業・団体への協賛金集めに回りました。午後からは市役所に行って事務仕事をし、夜は地域の夜警に行きました。

2日の午前中は幸村市議候補と地域を訪問。午後からは市議団会議に出席。その後は、野畑地域の夏祭りに参加し、午後6時からは地区委員会総会に出席。その後は、地域の公民分館の会議に出席染ました。

3日の午前中は、事務所のある団地の将来の建物検討委員会に出席。約2年間かけて議論を行ってきた検討委員会として理事会への最終答申案を決定しました。これで将来の建物検討委員会としての活動はいったん終了することとなりました。

午後からは地域の会議に出席。夕方からは豊中まつりに堀田文一府議会議員とともに参加しました。あいにくの雨で、人出は例年より少なかったです。私達が帰る頃には人出も多くなってきましたが、雨がかなりきつくなってきており主催者のみなさんの大変ご苦労されたと思います。関係者のみな様、本当にお疲れ様でした。

豊中祭りから7時頃に帰ってきて、その後は新千里東町の夏祭り実行委員会に出席。そして、その会議を途中でぬけて事務所のある団地の理事会に出席し、将来の建物検討委員会としての今までの活動とまとめを検討委員会委員長として報告しました。

4日の午前中は9日に実施予定の北町の夏祭りについて、台風が来そうなので急遽出店団体に今後の対応についての連絡を入れました。

5日は、母の病院に終日つきそいました。

6日は、午前中は夏祭りの件で小学校に行き打ち合わせをし、午後からは市役所に行って事務仕事を行い、午後4時からは候補者会議に出席しました。

さて、豊中市新千里北町にある千里北町住宅では、この間改修・改良案と建て替え案をフィフティ・フィフティで検討してきました。
そしてこの度答申案をまとめました。その内容はまだ公表されていないので明らかにできませんが、私としては、「これから数年間は、マンション建て替えなんてまともにできる状況にあるのか?」と思います。

先日もテレビで報道されていましたが、東北の復興支援がすすむなか、今全国で建設関係の労働者が不足し、経験の浅い人が雇用される状況が広がり労働災害が非常に増えているそうです。公共事業でも、入札不調(入札してくる会社がない、全社が上限価格を上回る価格で入札し失格となる等)が各地でおこっています。

公共事業には学校建設など、どうしても行わなければならない事業もたくさんあります。入札不調が続くと市民生活に大きな支障が出ますし、上限価格をつり上げていけばたくさんの税金が必要にもなってきます。

このような状況に加えて、2020年の東京オリンピック実施にむけて今後さらに東京を中心に建設ラッシュが起こります。今でさえ、建設労働者が不足して事故も多発しているのに、これにオリンピックの建設ラッシュが重なればどうなるのでしょうか。

たとえ何とか建設ができたとしても、1970年代の建設ラッシュの時に粗悪な建物がたくさん建設されたのと同じような状況が生まれかねません。
そしてこれにリニア建設などが重なれば、日本の建設現場はパニック状況になってしまうのではないでしょうか。そんな心配をする今日この頃です。