8月26日 ー全国学力テストで、また同じ失敗を繰り返すのかー (2014.08.26)

18日の午前中は市議団控え室で仕事をし、午後からは豊中市都市計画審議会に出席しました。

19日の午前中も市議団控え室で生活相談の対応などを行い、午後からは松下市議の地域の支部会議に出席しました。

20日は、山本いっとく市議と柴原駅で早朝駅頭宣伝。その後午前中は、豊中市社会保障推進協議会の豊中市との懇談会に出席。午後からは山本いっとく議員と街頭宣伝を行い、その後はお客さんが市役所に来られたのでお話を伺いました。夜は教え子の相談にのりました。

21日は、山本いっとく市議と少路駅で早朝駅頭宣伝を行い、その後は市議団会議に出席。午後からは候補者会議に出席し、その後は30日に行われる「あらい真を励ます会」実行委員会に出席しました。

22日は朝9時から新千里東町の夏祭りの準備に参加。昼過ぎまでかかって帰宅後、30日の打ち合わせで豊中駅前のすてっぷホールへ。

23日は、朝9時から新千里東町の夏祭りの準備に参加。その後は、東丘ダディーズクラブのお化け屋敷の手伝い、午後5時からは夏祭り本番で、前半は八中おやじの会のお好み焼き作りの手伝い、その後はお化け屋敷のスタート係として参加しました。

24日も朝9時から夏祭りの後片付け。ダディーズのメンバーと一緒に最後まで残って後片付けを手伝いました。帰宅は昼過ぎになりました。午後6時からは、豪雨の中でしたが、いつき市議地域の納涼会に出席。最後まで参加させてもらいました。

25日は朝から、建設水道常任委員会委員長として、東京八王子市と大田区に視察。26日の午後5時に帰宅しました。八王子では、「居住環境整備補助金」について、大田区では「空き家の適正管理に関する条例」について色々と説明を伺い、大変勉強になりました。
帰宅後は、午後6時から、台風で実施が中止となった新千里北町夏祭りの有志の方々が準備してくれた「残念会」に出席しました。

さて、全国学力テストの結果が発表され、昨年の成績が振るわなかった都道府県のうち成績がアップしたところの取り組みが、新聞や、テレビで紹介されていました。

確かに、学力テストの結果がよい他府県の実践を研究して、現場の実践に生かしていくことは大切なことです。しかし、全都道府県、さらに市町村や各学校などの成績を発表していく必要が本当にあるでしょうか。

点数をアップすることに大きな圧力がかかっていけば、必ず「学力テストでの成績をあげる」ための対策に重点をおかざるをえなくなります。その結果、学力テストに出るような傾向の問題を意識的取り組む、過去の問題を何度もやる、ことなどが優先されて、本来の学校教育の目的から逸脱するようなことが必ず起こってきます。

学力テストは、「あくまで先進的な取り組みの県の実践に学ぶ」ためのものとして活用すべきです。50年前の全国学力テストでは、テストの成績をあげるために現場が振り回される事態が起こりました。このままでは同じ失敗をまた繰り返すことは目に見えています。その最大の被害者は子どもたちなのです。

2014年8月26日 | カテゴリー : 教育 | 投稿者 : makoto arai

8月17日 ー永年党員(30年)として表彰を受けましたー (2014.08.17)

8月12日は、午前中は9月6日に市議団主催で行う「高齢者支援・介護シンポジュウム」でパネラーをお願いしている介護事業所の方と、打ち合わせを行いました。今回パネラーを引き受けて下さった男性は、まだ30代前半ながら大変知識も豊富でしっかりされており関心しました。充実したシンポジュウムになりそうです。

午後からは、大阪民主新報の取材を受けました。府会候補の横顔を取材して順次掲載するそうで、私のことは8月24日付けの大阪民報に掲載される予定です。

夕方からは、豊中十中時代の同僚だったA先生と、同じ全教でがんばったB先生の3名で久しぶりに会って色々と話をしました。A先生は66歳になられますが、立命館大学に講師で行かれて生活指導論を教えているとのことで、学生達が感動する授業を精力的に行っておられその話をたっぷりきかせてもらいました。

13日と14日は、朝から終日、お盆明けに発行するニュース作りを市議団控え室で行いました。

15日は、妻、と次女、三女と共に、神戸に亡き父の実家の墓参りに行きました。その後、神戸三宮の中国酒家という中華料理店(ここの料理がとてもおいしいのです)に行きお昼ご飯を食べ、その後元町界隈で娘達と買い物をしました。帰りには、大阪市内の病院に入院中の母を見舞いました。

16日の午前中は松下市議と地域を訪問。午後からは30日に行う「あらい真を励ます会」のための資料づくりをしたり、9月6日に市議団主催で行う「高齢者支援・介護シンポジュウム」のための資料を読んだりしました。

17日の午前中も30日の準備、午後からは30年党員、50年党員を表彰する全党員集会に出席しました。今回は、私自身が党員歴30年を迎え、永年党員の表彰を受けました。

大学院1年生で入党し、その後色々とありましたが、科学的社会主義の歴史観、哲学は、その後の教員生活の、そして政治家としての大きな指針となりました。そして、表彰を受けた年に府議候補として新たな挑戦をすることになったわけです。

亡き父が残した手記に、私の父方の祖父と祖母の話がのっており、それを読むと、今私が日本共産党員としてやっているのも祖父や祖母の影響が少なからずあったのか、と思わずにいられません。今日の集会ではその話をさせてもらいました(その内容は2010年12月13日付け、10日付けのブログをご参照下さい)。

2014年8月22日 | カテゴリー : 教育 | 投稿者 : makoto arai

8月12日 ー「集団的自衛権行使の慎重審議を求める意見書提出に関する請願」は、1票差で残念ながら不採択にー (2014.08.12)

7日の午前中は、いそがわ和洋前市議会議員と熊野町の支持者を訪問。午後からは市役所で市議団会議に出席しました。8日の朝は、翌日に控えた新千里北町の夏祭りを実施するかどうか事務局関係者が集まって検討。台風の影響で9日、10日とも雨天の可能性が大きかったので中止と決定しました。 参加各団体個人には、8月4日段階で「食材の購入は、8日の朝に実施するかどうかの判断をするのでその後にお願いします」と連絡していましたので、影響は最小限に抑えることができたと思います。 午後からは、7月臨時議会本会議最終日。7月臨時議会に提案された補正予算は、子ども医療費助成の小学校卒業までの拡充、保育所定員を3年間で1400名拡大、病児保育の実施など評価すべき点が多くあったので、私たち日本共産党市議団は、第二学校給食センターの運営を民間委託する方向が示されている等の問題点を指摘した上で賛成しました。 その後、市民から本議会に出されている請願に対する審議が行われました。 九条の会・豊中ほか15団から出されていた「立憲主義に反する集団的自衛権行使容認について慎重審議を求める意見書提出に関する請願」については、多くの議員によって討論が行われ賛否が割れました。 公明党市議団や自民党市議団の採択反対の討論では、「集団的自衛権の行使については、慎重に審議が行われており、従来の憲法解釈の延長線上のものであって立憲主義に反するものではない」との意見表明がありました。 しかし、これは子どもでもわかるこじつけ、ごまかし以外の何ものでもありません。 歴代の内閣が一貫して、「憲法九条の元では、集団的自衛権は行使できない」としてきたのであり、これがこれまでの政府の示してきた公式の憲法解釈です。 つまり、集団的自衛権の行使が憲法上認められないことは、時の政府の方針ではなく、「日本国」としての一貫した方針でした。従って、集団的自衛権の行使を可能にしようというのであれば、憲法を変えることがどうしても必要です。しかし、集団的自衛権の行使についての国民的な議論は全くなされないまま、自公政権は「憲法解釈をねじ曲げる」という姑息な手段に打って出ました。 今回の件は、集団的自衛権行使の是非以前の、法治国家としてのあり方そのものの問題です。 だからこそ、読売新聞をはじめ各種世論調査でも8割を超える国民が、「集団的自衛権をめぐる問題を安倍政権が国民に十分説明していない」と答えているわけです。 請願では、「集団的自衛権の行使容認は国の形をかえることである」と指摘した上で、「このような大事なことを十分な話し合いも行われず、国民の意見を聞くことなくすすめようとすることは許されないことです」「豊中市議会として集団的自衛権の行使容認については慎重な審議を求める意見書を国に提出してほしい」と求めています。この要望を否定することは、国民的議論を否定することであり、民主主義の否定にほかなりません。 私たち日本共産党市議団は、この観点から討論を行い請願採択に賛成しました。請願の採択をめぐっては与党会派の中でも意見がわかれましたが、最終的には、請願採択賛成17名、反対18名で、残念ながら請願は不採択となりました。請願への各議員の態度は以下の通りです(敬称略)。 賛成:日本共産党(あらい、山本いっとく、いつき、出口、山本正美、松下)、市民クラブ全員、未来とよなか全員、新政とよなか(大町、福本)、無所属(木村、熊野) 反対:自民党全員、公明党全員(議長を除く)、新政とよなか(福岡、中蔵、太田)、無所属(上垣、松岡) 9日の午前中は、台風で中止になった北町夏祭りで注文をしていたお弁当の配布、午後からは「たつみコータローを招いてのつどい」に参加しました。午前中は大雨でしたが、午後からは幸い雨があがり何とか実施できました。 10日は、台風のためすべての予定がキャンセルされ、終日家でゆっくりしていました。おかげでいっぱい読書ができました。 11日の午前中は市役所で仕事をし、午後からは手術のために入院する母を病院に連れて行き、その後の対応で夕方までかかりました。

2014年8月22日 | カテゴリー : 政治 | 投稿者 : makoto arai

8月7日 ー今でも建設労働者不足が深刻。オリンピックに対応出来るのか?ー (2014.08.07)

8月1日は、早朝駅頭宣伝を幸村市議予定候補と行った後、9日に行われる新千里北町夏祭りの残っていた企業・団体への協賛金集めに回りました。午後からは市役所に行って事務仕事をし、夜は地域の夜警に行きました。

2日の午前中は幸村市議候補と地域を訪問。午後からは市議団会議に出席。その後は、野畑地域の夏祭りに参加し、午後6時からは地区委員会総会に出席。その後は、地域の公民分館の会議に出席染ました。

3日の午前中は、事務所のある団地の将来の建物検討委員会に出席。約2年間かけて議論を行ってきた検討委員会として理事会への最終答申案を決定しました。これで将来の建物検討委員会としての活動はいったん終了することとなりました。

午後からは地域の会議に出席。夕方からは豊中まつりに堀田文一府議会議員とともに参加しました。あいにくの雨で、人出は例年より少なかったです。私達が帰る頃には人出も多くなってきましたが、雨がかなりきつくなってきており主催者のみなさんの大変ご苦労されたと思います。関係者のみな様、本当にお疲れ様でした。

豊中祭りから7時頃に帰ってきて、その後は新千里東町の夏祭り実行委員会に出席。そして、その会議を途中でぬけて事務所のある団地の理事会に出席し、将来の建物検討委員会としての今までの活動とまとめを検討委員会委員長として報告しました。

4日の午前中は9日に実施予定の北町の夏祭りについて、台風が来そうなので急遽出店団体に今後の対応についての連絡を入れました。

5日は、母の病院に終日つきそいました。

6日は、午前中は夏祭りの件で小学校に行き打ち合わせをし、午後からは市役所に行って事務仕事を行い、午後4時からは候補者会議に出席しました。

さて、豊中市新千里北町にある千里北町住宅では、この間改修・改良案と建て替え案をフィフティ・フィフティで検討してきました。
そしてこの度答申案をまとめました。その内容はまだ公表されていないので明らかにできませんが、私としては、「これから数年間は、マンション建て替えなんてまともにできる状況にあるのか?」と思います。

先日もテレビで報道されていましたが、東北の復興支援がすすむなか、今全国で建設関係の労働者が不足し、経験の浅い人が雇用される状況が広がり労働災害が非常に増えているそうです。公共事業でも、入札不調(入札してくる会社がない、全社が上限価格を上回る価格で入札し失格となる等)が各地でおこっています。

公共事業には学校建設など、どうしても行わなければならない事業もたくさんあります。入札不調が続くと市民生活に大きな支障が出ますし、上限価格をつり上げていけばたくさんの税金が必要にもなってきます。

このような状況に加えて、2020年の東京オリンピック実施にむけて今後さらに東京を中心に建設ラッシュが起こります。今でさえ、建設労働者が不足して事故も多発しているのに、これにオリンピックの建設ラッシュが重なればどうなるのでしょうか。

たとえ何とか建設ができたとしても、1970年代の建設ラッシュの時に粗悪な建物がたくさん建設されたのと同じような状況が生まれかねません。
そしてこれにリニア建設などが重なれば、日本の建設現場はパニック状況になってしまうのではないでしょうか。そんな心配をする今日この頃です。

2014年8月22日 | カテゴリー : 政治 | 投稿者 : makoto arai

7月31日 ー東丘ダディーズ主催 「宿泊カレーパーティ」を無事終了しましたー (2014.07.31)

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26日から27日午前中にかけては、東丘ダディーズクラブ主催の宿泊カレーパーティでした。

3年生以上の希望者は校庭にテントをはって宿泊。1,2年生は日帰り参加。10年前に始めた頃は、宿泊者が40名弱、日帰り参加を入れても80名ほどでしたが、今回は宿泊が100名、日帰り参加を入れると170名、とたくさんの参加者となりました。参加者が増えるのは嬉しいことですが、十分目が行き届かない危険もあり、来年からは参加条件の変更も考えねばなりません。

当日は5,6年生が1時に集合し、カレーのジャガイモの皮むきなどを行い、2時から全学年参加によるプール。プールでの事故が一番怖いので、監督には東丘小学校の先生方も数名来てくれました。4時30分に終了後はテント張り、そして夕食。カレーは大好評で(写真)一切残りませんでした。

その後8時前からキャンプファイヤー。毎年私がゲームなどのスタンツリーダーをやるのですが、これが結構疲れます。その後は、ダディーズ現役組による妖怪ウォッチの踊り。大ウケでした。
10時には就寝ですが、当然のごとくなかなか寝ません。私は午前2時頃まで、テントのそばで子どもたちを寝かしつけていました。

翌日の27日は午前6時30分に起床し、朝食後テントの片付け。そして1時間ほどプールに入り、午前10時頃には、ケガもなく熱中症にもならず、無事全日程を終了しました。

帰宅後は大変眠たく疲れていたのですが、なぜか眠れずに夕方まで過ごしました。
午後6時からは、新千里北町地域の府営住宅建て替え問題について、私や堀田府議、幸村市議予定候補とともに説明・質問会を実施。50名以上の方が参加され、関心の高さがうかがわれました。

28日は午前10時より建設水道常任委員会に委員長として出席しました。午後3時頃には終了。その後は地域の赤旗集金に回りました。

29日は午前10時より文教常任委員会が開かれ傍聴しました。午後3時からは市議団か会議。その後、検診の結果母が早期胃がんと診断されたため、かかりつけ医のある宝塚南口まで母を連れて行きました。

30日は早朝駅頭宣伝を、幸村直行市議予定候補と行った後、市議団控え室に行って昼過ぎまで仕事。その後は事務所に帰って、夜に行われる北町夏祭り実行委員会の準備を行いました。夜は、実行委員会に出席しました。

31日の午前中は堀田文一府議と、蛍池地域を訪問。午後からは赤旗集金と北町夏祭りの案内状をもって回りました。夜は、あらい真を励ます会実行委員会に出席しました。

2014年8月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : makoto arai

7月25日 ーいろいろな問題も、私たちは必ず克服し乗り越えていけるー (2014.07.25)

19日の午前中は、宝塚まで母を病院に連れて行き、その後堀田府議と蛍池地域を訪問。午後からは母を病院に迎えに行ったのですが、これが超待たされ、帰ってきたらくたくたでした。
夜は、幸村市民くらしの相談室長と市議団市民アンケートに相談ごとを記載されていた地域の方を訪問した後、北丘保育所納涼会に来賓として参加しました。

20日の午前中は地域の会議に出席。午後からは新聞赤旗の拡大にまわりました。
夜は、豊中市内の盆踊りに参加した後、池田の共産党後援会主催の夏祭りに参加して、「豊中の知人・友人にお声かけください」と訴えた後、各店舗を回り大きな声援をいただきました。

21日の午前中は松下三吾市議と庄内地域を訪問。午後からは地域の行事に参加しました。

22日、23日は市議会本会議に出席。

24日は、午前中は26日、27日どダディーズクラブ主催で行う宿泊カレーパーティの準備、午後からは市議団会議に出席。その後は、市職員からの聞き取りを行いました。
夜は、豊中十中時代の教え子二人と、福島にある鯖づくしの店に行って楽しく語り合いました。私の選挙でも大いに支持広げの宣伝をしてくれるそうで、大変心強い限りです。

25日は、午前中は市民からの相談を事務所で受け、午後からは夏祭りの打ち合わせに小学校に行き、その後は年金者組合の総会に出席して挨拶をしました。

さて、一昨日は日本共産党を知る会に出席し、少しお話をしました。
私自身の経験から、特に日本共産党に入って科学的社会主義の理論に基づく、歴史観、社会観を身につける意味について、少しお話ししました。

超高齢化社会、そして少子化が進み、日本はいまのままではどんどんと人口が減っていく。そして、一方で安倍政権は憲法破壊をすすめて日本を戦争ができる国にしようとしている。見方によっては、「お先真っ暗」のような気もします。

しかし、人類は、これまでもその時代ごとにあった幾多の困難を乗り越えてきました。
日本で言えば、大火事、飢饉、そして太平洋戦争にいたるまで戦争。特に戦争時代は明日の見えない暗黒時代だったと言えます。しかし、そんな中にあっても、日本共産党の先輩達は「この戦争は間違っている」と訴え、戦ったのです。そして、敗戦後民主主義を獲得し、いろいろな問題はあっても、民主主義は確実に国民に根付いてきています。

また、太平洋戦争までは女性には選挙権もありませんでしたが、今ではまだまだ不十分だとはいえ、男女共同参画社会の充実が言われるまでになっています。

障害児も1960年代くらいまでは、義務教育を免除されていました。実質、学校に来なくてもいい、と障害者の学ぶ権利は放置されていたのです。それが、障害児学校ができ、今では障害者が地域の学校で学ぶことが当たり前の社会となってきています。

このように、確実に歴史は進歩しています。今、憲法改悪、高齢化、少子化などの危機もありますが、国民の力で必ず乗り越えていけると考えていますし、その中心的な役割を私たちが果たさなければならないと思っているところです。

2014年8月5日 | カテゴリー : 政治 | 投稿者 : makoto arai

7月19日 ー橋下氏もここまで落ちたか…ー (2014.07.19)

14日の朝は、阪急神崎川駅で松下三吾市議と早朝宣伝。途中で雨が降り出し大変でした。その後は市役所に行って質問原稿の作成。夕方からは市議団会議を行い、代表質問原稿の最終チェックを行いました。

15日は質問通告締め切り。質問に対する答弁を市職員からもらったり、終日議会対応でした。

16日も終日議会対応。17 日は午前中に代表質問の担当原稿は仕上げて、午後からは7月26日、27日と行う東丘ダディーズクラブ主催の宿泊カレーパーティの子どもたちに対する説明会を行うために東丘小学校に出向きました。

18日は午前10時より本会議代表質問。私たちの淺利市長への質問に対しては、府立大学と市立大学があるのが二重行政と大阪維新の会は言いますが、「二重行政は効率化などの中身が問題であって施設数の問題ではない」と市長答弁。また、大阪都構想をめぐる法定協議会の維新の会の横暴に対しては、「私の政治手法とは相容れないプロセス」と非民主的なやり方に対して淺利市長はキッパリと批判をされました。

さて、大阪都構想を議論する法定協議会から維新の会以外の議員を一切排除するという暴挙を行った橋下氏ですが、いよいよ混迷を深めているようです。次のような産経新聞の記事が出ていました。橋下氏もここまで落ちたか、と思う内容ですね。以下紹介します。

7月17日付産経新聞ニュースhttp://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140717/wlf14071713270010-n1.htm

閉庁後の大阪市役所の中は、暑い。エアコンが切られ、夜が深まるほど、私の中の不快指数が上がっていく。小学生の頃、エアコンのない教室によく耐えたと昔の自分をほめたくなる。
大阪市では全市立中学校にエアコンが設置され、今年度からは市立小学校への整備も進められている。当時、下敷きで自分をあおぐしかなかった私には、うらやましい限りだ。

エアコンの設置方針は、前市長の平松邦夫氏の時代に決まっていた。しかし、工事の予算を組む前に任期満了を迎え、平成23年11月の市長選で、エアコン設置を公約に掲げる橋下徹氏が当選。24年度予算から順次、工事費を盛り込んでいった。

橋下氏には、自身の功績をアピールするお決まりのネタがある。平松氏はエアコン設置の予算を作れず、校舎の壁にゴーヤなどの「緑のカーテン」を作ったと切り出し、一方で自分は市政改革で財源を生み出した、というのだ。
政治家が前任者と比べて実績をPRするのは当然だが、橋下氏が今月13日に行った街頭演説には思わず眉をひそめた。

「平松氏がすぐ近くに住んでいる」と明かし、「平松さ~ん」と何度もマイクで呼びかけ、緑のカーテンを「大失敗ですよ。全然教室、冷えていません」と揶揄(やゆ)。「あなたは全く市長の仕事をしていませんでしたね」と挑発してみせた。

橋下氏の皮肉や過激な物言いは、その内容の痛快さで聴衆を引きつけてきた面もある。しかし、インターネット上で公開している演説で特定の人物の住まいを明かしたうえ、あえて自宅に向かって“口撃”するのはやり過ぎの感が否めない。

大阪都構想をめぐって今後、野党会派などとも対立が激しくなる。街頭での批判も激化しそうだが、聴衆の“不快指数”には、くれぐれもご注意を。

2014年8月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : makoto arai