12月29日 ー昨日は、教え子達と楽し時間を過ごすことができましたー

27日は、午前中はいつき市議と街頭宣伝を行いました。午後からは市議団控え室で色々と調べ物をし、午後6時からは地区委員会総会に出席。その後は、地域にもどり年末の夜警に参加しました。

28日の午前中は、地域の活動に参加し、その後は梅田に大阪都構想にかかわる本を買いに行きました。
帰宅後は本を読むと共に、事務所のある団地の管理組合理事の方と一緒に、建て替え検討委員会委員の依頼などに団地内をまわりました。

夜は、15中時代の教え子Kさんら3名と会って色々とお話をしました。Kさん達を教えたのは、豊中10中から15中に転勤してきた最初の年でした。私は3年生の副担任となりましたが、もう一人の英語科N先生との関係で、私は3年生6クラスのうち、1組と5組の二クラスだけを教えました。

Kさん達は5組でした。転勤してきた先生、ということもあって、最初の内は生徒達も私も緊張した感じでした。私は、わかりやすくて楽しい授業、となるように、教科書の教え方を工夫すると共に、英語の歌を毎時間やったり、時にはギターを弾いて歌を歌ったりしました。おかげで、半年後にはすっかり生徒達もなじんでくれ、担任の先生から「うちのクラスの生徒達は、英語の授業が大好きみたい」と言ってもらえるようになり、大変嬉しかったです。

Kさんも「英語の授業は楽しくて、あらい先生は人気があった」と言ってくれていました。現在Kさんは、関東方面で教師をしていおり、色々と悩みを語ってくれました。それに対して私なりに、生徒達をどう見るか、教師としての力量をどう高めるか、など色々とお話をしたのですが、今日、「胸のつかえが解け、新たな課題を発見できる有意義な会でした。あきらめずに頑張っていきます」と嬉しいメールが届きました。

教え子達の力に少しでもなれたのなら、これに勝る喜びはありません。来年も元気で教師として成長していってくれることを願ってやみません。

2014年12月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : makoto arai

12月26日 ー選挙後も、多くの方々からご声援を頂いていますー

20日は、山本いっとく市議ブロックの忘年会に参加しました。その後、近くで行われた子育てサークルのクリスマス会に参加し、挨拶をさせて頂きました。そこで、何と偶然に、15中教員時代の教え子の松村君(下写真右)に再会しました。彼は、クリスマス会に子ども達を楽しませるゲストとして呼ばれていたのですが、今では吉本興業所属のニューポップオーケストラというグループ名で頑張っている芸人です。ホームページはhttp://newpopsorchestra.jp/です。大学を中退して吉本興業に入ったそうで、自らの道を進もうとする彼に、とても感銘を受けました。なかなか楽しいショーを繰り広げます。みなさん、ぜひ応援してあげて下さい。

松村写真

21日の午前中はいつき市議と街頭宣伝を行いました。午後からは、生活と健康を守る会の総会に来賓として招かれ、ご挨拶をさせて頂きました。

22日の朝は曽根駅で宣伝。その後は控え室で、1月に配布する全戸配布用のあらいリーフレットの修正案を作成。午後からは、山本いっとく市議と街頭宣伝を行いました。夜には、退職教員の有志の方々との忘年会に参加しました。

23日の午前中は、府会選対会議に出席。午後からは地域の行事に参加しました。夜は、いつき地域ブロックの忘年会に参加しました。

24日の朝は服部天神駅で宣伝。その後午前中は団会議に出席。午後からは、市民の相談対応で庄内へ。その後は市役所で来客に対応しました。

25日の朝は岡町駅で宣伝。その後午前中は、地域の共産党の支部の会議&忘年会に参加しました。その後は市役所に行って仕事をし、午後からは松下市議と街頭宣伝を行いました。
26日の午前中は山本正美市議と街頭宣伝を行いました。

選挙が終わってから街頭宣伝に何度か出ましたが、宣伝カーに手を振ってくれる人が本当に多いのにびっくりします。支持してくれる方が増えているとともに、今までの支持者の方々が今回の衆議院選挙の躍進で元気になった、ということもあると思います。いずれにしても、手を振ってくれる方がたくさんいると、本当に元気になります。また、曽根駅頭の街頭宣伝でも、立ち止まって耳を傾けてくれる方もいれば、バスを待っている間に、私の方を向いてジーと話を聞いてくれている方が何人もいました。府会選挙まであと3ヶ月。多くの方々の励ましに、「頑張るぞー!」という思いをさらに強くしている次第です。

 

2014年12月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : makoto arai

12月19日  ー12月個人質問で、日本軍慰安婦問題について取り上げましたー

総選挙で日本共産党が8議席から21議席に大躍進して、大変喜んでいますが、慶びもつかの間、翌日の15日からは18日に行われる個人質問への準備に追われました。
昨日、その質問も終わり、今日19日で本会議も終わりました。昨日は、豊中えびすの懇親会がありました。となりに、若いかわいい福娘さんが座ってくれ、楽しくお話をしました。

さて、昨日の個人質問では母子父子寡婦福祉資金(母子・父子家庭向けの無利子の奨学金で、中核市になると貸し付け事務は市の事業となる)の豊中市としての新規貸付件数が、一昨年度は4件、昨年度はわずか2件でした。大阪府下の同じ中核市である高槻市は昨年度47件、東大阪市は34件も貸し付けています。
全国の中核市35市も調べましたが、貸し付け件数が二桁以上の市は25市にのぼります。岐阜市などは89件でした。
豊中市は、貸し付け基準を厳しくし、確実に返済が保障されるようなケースしか貸し付けていないからです。しかし、この奨学金は、経済的に厳しいひとり親家庭の子ども達を支援するためのものです。また、貸し付け原資は、国が3分の2で、市が3分の1を負担しますが、市の負担分は一定地方交付税として戻って来ます。

私は、これまでにも委員会で改善を求めてきましたが、貸し付け件数は相変わらず極端に少ない状態であり、この度本会議で改めてとりあげて、市の姿勢を厳しく批判し改善を求めました。
市は「今後は、ひとり親家庭の子ども達を、より支援する制度となるように検討していく」と答え、改善に向けて努力していく姿勢を示しました。来年2月、3月が申し込みの時期です。実績としての新規貸し付け件数が増えるかどうか、注目したいと思います。

それから、先日の総務常任委員会で、日本軍慰安婦問題に対する批判がとりあげられたこともあり、日本軍慰安婦問題についても改めて質問しました。以下、その内容です。

(日本軍慰安婦問題についての市の歴史認識について)
「1問目質問」
先ほどの、母子・父子寡婦福祉資金でもふれたように、母子家庭の経済的窮状は、日本における女性の人権保障がまだまだ不十分であることの表れです。
一方、日本軍慰安婦問題、いわゆる従軍慰安婦問題は、日本が行った戦争のもとで女性の基本的人権が著しく蹂躙された、許されない犯罪行為でした。この行為に、日本の国や軍がかかわった事実を認め、誠実かつ真摯に誤りを認めることは、女性に対する国内的・国際的人権保障の発展にとってきわめて重要であると考えます。この観点から、日本軍慰安婦問題についての市の認識を伺います。

まず、日本軍慰安婦問題について、1993年8月に出された河野洋平元官房長官談話の内容について、①慰安所設置の範囲、②慰安所の設置・管理及び慰安婦の移送について、③慰安婦の募集について、④慰安所における生活について、⑤慰安婦の出身地と慰安婦達の意志について、それぞれどのように述べているのか伺います。

また、市として、国内的・国際的に女性の人権保障を発展させていくという観点から、日本軍慰安婦問題をどのように受け止め、日本軍慰安婦問題の何を教訓とすべきと考えるか。市の見解を伺います。

ー答弁ー
(河野談話の前半を述べた後)
この問題については、戦時下において女性の尊厳が深く傷つけられたという人権問題であり、歴史に真摯に向き合って、このようなことが二度とくり返されてはならない、と考えております。

 

「2問目質問」
答弁であったように、河野談話では
「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び 慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与したこと、が明らかになった」、そして「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」と述べられています。
この点に関しては、「慰安所規定や身分証明書、渡航許可書の発給等をはじめとする政府関係資料があった」ことが明らかにされています。

そして、これらの一連の調査で、慰安所における慰安婦の生活が、自由のない強制的なものであったことが、明らかとなりました。

つまり、自らの意志で来たにせよ、強制的に連れてこられたにせよ、ひとたび日本軍慰安所に入れば、居住の自由もなく、外出の自由もない、相手を拒否する自由もない、監禁拘束され強制使役の元におかれて軍人の性的相手を強要された、まさに性的奴隷状態におかれた、ということことです。

これまでアメリカ下院、オランダ下院、カナダ下院、欧州議会、韓国国会、台湾立法院、フィリピン下院外交委員会と、七つの国・地域の議会から日本政府に対する抗議や勧告決議があげられていますが、これらの文書も、日本国や軍の管理の下で、慰安婦達が性的奴隷状態におかれたことこそ、最も厳しく批判しています。

日本軍慰安婦問題においては、「日本国や軍の管理下で慰安婦達が性的奴隷状態と言えるような状況におかれた」ということがこの問題の核心であると考えますが、この点についての市の認識を伺います。

ー答弁ー
七つの国・地域議会からの日本政府に対する抗議や勧告文書は把握しておりませんが、河野内閣官房長官談話では、「慰安所のける生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」、「多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である」と表明しており、これを重く受け止めることが大切だと考えております。

「3問目質問」
河野談話を引き合いに出すだけでなく、それを受けて市としてはこう考える、という主体性を持った答弁を頂きたいものです。先にすすみます。

河野談話では、「軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧によるなど、本人達の意志に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」としています。 しかし、政府の調査では、「強制的に慰安婦とされたことを立証する日本側の公文書」は見つかりませんでした。

そのため、政府が16名の元慰安婦達への聞き取り調査を行い、「その証言の信憑性は揺るぎない」と政府が判断し、「本人の意志に反して慰安婦にされた」、つまり「慰安婦にされた過程に強制性があった」という結論が出されました。

しかし今、一部メディアや政治勢力によって日本軍慰安婦問題について、この問題の本質を見ない「従軍慰安婦問題の強制性へ批判」が改めて行われています。
そのきっかけが、吉田証言なるものが虚偽であったことが明らかになった、ということにあります。そこで伺いますが、市は、この吉田証言とは、どのようなものであったと認識されていますか。

ー答弁ー
証言については、報道機関の報道でしか知ることができませんが、証言は虚偽と判断して証言に基づく記事を取り消した報道機関では、「韓国・済州島で慰安婦を強制連行した」とする証言、と伝えていることから、そのような証言であったものと認識しております。

 

「4問目質問」
答弁にあったような吉田氏の証言、つまり彼が、韓国・済州島で女性達を強制連行した、いわゆる慰安婦狩りを行った、とする証言は、当初からその信憑性に疑問が出されており、河野談話にも彼の証言は採用されていません。したがって、彼の証言が虚偽であったことが、日本軍慰安婦問題の、いわゆる強制性を否定するものでは全くありません。

強制性という場合、「良い仕事がある」などと騙して女性をつれて行って無理矢理慰安婦にした、というケースもあれば、日本軍兵士らによって無理矢理自宅から連れ出され拉致・連行された、といった身柄そのものを強制的に拘束されたケースもあります。

そのいずれもが、政府による慰安婦達への聞き取りによって確認されているだけでなく、元慰安婦達が起こした日本国内での10の裁判のうち、8つ裁判の判決は、女性達が慰安婦にされた様々な状況をはっきりと事実認定しています。つまり、慰安婦達が日本軍によって強制連行された、という事実があったことを、日本の司法が正式に認めているのです。

今まで述べてきたように、日本軍慰安婦問題とは、日本政府や軍が設置や管理にかかわった慰安所において、慰安婦達が全く自由のない性的奴隷状態におかれ、女性の人権が根本から否定された、ということが問題の核心であり、さらに、慰安婦にされた女性達の多くが、その意に反して強制的に慰安婦されたこと、が事実認定されている、ということです。
市は、日本軍慰安婦問題について、この点をしっかりとふまえて、今後対応していくことが必要です。
そこで、最後に改めて伺います。市は、市民に対して、日本軍慰安婦問題について、今後どのように伝え、今後の女性の人権保障発展につなげていこう、と考えていますか。

ー答弁ー
すでにお答えしましたとおり、戦時下における女性の人権問題であり、歴史に真摯に向き合って、このようなことが二度とくり返されてはならないと考えております。今後も、人権・平和の大切さや戦争の悲惨さを広く訴えるとともに、人権文化のまちづくりをすすめてまいりたいと考えておりますので、よろしくお願いします。

 

「5問目(意見)」
答弁にあったように、日本軍慰安婦問題は戦争下に起こった犯罪であるとともに、男性によって蹂躙された「女性の人権問題」です。
従って、豊中市が本当に、女性の人権保障をさらに発展させていくまちづくりをすすめていこうというのなら、この日本軍慰安婦問題につての誤った批判に対しては、毅然として市の見解を表明していく姿勢が非常に求められる、ということを改めて申し上げて質問を終わります。

2014年12月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : makoto arai

12月10日 ー教え子から嬉しいメールをもらいましたー

12月3日から、本日12月10日まで、連日選挙活動で大忙しです。

朝は、候補者といっしょに、毎日早朝駅頭宣伝を行い、その後候補者カーに、朝、昼、夕方の3回に乗り、「候補者が休憩している間に、候補者の代わりに演説する」というのが、毎日の日課です。
これ以外に、地区委員会で演説のチェックや℡への対応など色々な雑用もこなしています。

今回の選挙は、自民党が大勝しそうだという予想とともに、日本共産党への期待も大きくふくらんでいます。街頭での反応も今までになくいいです。特に、20代くらいの若者が手を振ってくれたりビラを受け取ってくれたりします。
日本共産党が、ブラック企業や非正規雇用の拡大を、国会で厳しく追及していることが広く知られるようになってきたのでしょうか。

さて、選挙中ですが、教え子のAさんから次のような嬉しいメールが届きました。

「新居先生
突然のメールを失礼いたします。
私は、豊中15中学校○○期生の○○○○と申します。
○年3月に中学校を卒業しました。
新居先生には、中学3年時の英語の授業を担当していただきました。
当時の担任教諭は○○先生です。
新居先生、思い出していただけるでしょうか?
私は現在、○○県に在住し○○科の教員として中高一貫校に勤務しております。
教員として○年目を迎えたこのごろ、私にとって印象深い、いい先生ってどんな先生がいたかなと思い返す機会がございまして、先生へアクセスさせていただきました。
とはいえ、先生も大変な場で活躍されているとのこと。このメールも送信させていただいたとはいえ、先生に思い出していただけるかとても心配です。(笑)
今月末に、大阪へ行きます。先生と短時間でもお会いできればなあと思っております。
それでは、先生お忙しいところ申し訳ありません。
ご一読いただけましたら、一言メッセージがいただけるとうれしいです。」

ということで、年末にお会いすることとなりました。色々と悩んでいることもあるようです。
私も、議員という教員とは異なる仕事について、客観的に過去の自分の仕事を見つめられるようになりました。それゆえ、現職の教員とはちょっと違う観点からお話ができるような気がします。どんなお話になるのかは分かりませんが、年末が楽しみです。

2014年12月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : makoto arai

12月2日 ーアベノミクスによって、「実質賃上げ率が34年ぶりにマイナス」が真実ー

28日の朝は、桃山台駅で早朝駅頭宣伝を行い、その後午前中は宣伝カーで街頭宣伝を行いました。午後からは、議会対応のため市議団控え室で仕事をしたの後、夕方からは赤旗新聞の集金にまわりました。

29日の午前中は、山はた光子選挙事務所開きに参加して司会をつとめ(下写真)、

IMG_0980

午前中は予定候補都いっしょに街頭宣伝に回りました。

午後からは、元教職員の仲間達が企画してくれていた「あらい真さんを励ます会」に参加しました。元々は、府議選の候補者としての私を励ます会でしたが、急きょ衆議院選挙が行われることになったので、大阪八区予定候補の山はた光子さんも来て、挨拶をされました。

会には、中学校の時の元担任の先生が遠くから来て激励して下さり、大変嬉しかったです。また、病気療養中の別の先生もメッセージを送ってくれました。
楽しいお話や、心温まる励ましの群読あり、で大変楽しく、また力をもらいました。また、三女の瞳も参加して「父をよろしく」と話してくれました(下写真)。

IMG_0985
ご準備頂いた皆さんと、ご参加頂いた方々に、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。有り難うございました。衆議院選挙での大躍進を勝ち取り、来春の統一地方選挙での府議会議席確保のため、全力で頑張りたいと思います。
夜は、候補者会議に主席しました。

30日の午前中は、事務所のある団地の親睦行事の「お餅つき」に参加しました。少し顔を出してから公民分館の文化祭に行こうと思っていましたが、餅つきの未経験者ばかりのようだったので、結局最後まで参加することになりました。私は、新千里東町の福祉委員会主催の餅つきにこの14年毎年参加してきたので、餅の付き方、返し方、など大体の段取りはわかっているので、ある程度お役に立てたようです。
午後からは、宣伝カーに乗って街頭宣伝に回り、夕方からは新聞赤旗の集金にまわりました。

12月1日の午前中は、市役所控え室に行って仕事をし、午後からは地域で街頭宣伝を行った後、新聞赤旗の集金にまわりました。

12月2日。いよいよ本日から衆議院選挙が始まります。朝は、山はた光子候補の出陣式に参加して挨拶をしました。私からは、「アベノミクスのでたらめさ」、「集団的自衛権が流行語大賞になったのに受賞を辞退したことは安倍政権の大義のなさの表れであること」、「沖縄の4つの選挙区で、自民党候補に対抗して保守・革新の共同候補擁立という、歴史上画期的な出来事がおこっていること」等をお話ししました。
その後、午後からの環境福祉委員会で審議される請願の紹介議員のとしての準備などを市役所控え室で行いました。午後からは、環境福祉常任委員会に出席しました。

さて、自民党は総選挙の政策で賃上げ率が「過去15年で最高の2.07%になった」とアベノミクスの効果を宣伝しています。
この数値は、連合が今年の春闘の結果として公表したものです。確かに、名目だけを見ればそうなります。しかし、今年は消費税増税とアベノミクスによる円安効果で、物価が上昇しています。労働者にとって重要なことは、物価の上昇よりも賃金が上がっているかどうかです。
この賃上げ率を物価上昇率(1月~10月の平均2.6%上昇)で割り引いて計算すると約0.5%の賃下げになります。
では、これまでどうだったのでしょうか。厚生労働省の「民間主要企業春闘賃上げ要求・妥結状況」で計算すると、1970年代以降、実質賃上げ率がマイナスになったのは76年と80年だけでした。
安倍首相が国民に語るべき真実は、「実質賃上げ率が34年ぶりにマイナスになった」ということなのです。アベノミクスは、この34年間で最悪の生活状況を招いているのです。

2014年12月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : makoto arai

11月28日 ー橋下氏、裁判でも負け自ら選んだ人も問題だらけー

23日の日曜日は、ヘルペスを治すために一日家でゆっくりしました。

24日の午前中は、事務所のある団地の管理組合臨時総会に出席。今回の臨時総会では、8月で一応の活動を終えた「将来の建物検討委員会」の委員長として、当団地の今後の方向を提案しました。熱もあってしんどかったですが、なんとかこなしました。
午後からは、堀田府議が中心となってすすめられてきたカジノシンポに出席しました。もともとは、府議選にむけての取り組みとして位置づけていたのですが、急きょ総選挙があることになったので、山はた光子大阪八区国政対策委員長も出席し、意見を述べました。 私は、先日NHKのクローズアップ現代でやっていたギャンブル依存症の内容を紹介しながら、「ギャンブル依存症が、家族、特に子どもの教育に与える影響」を中心にお話をしました。

25日と26日は自宅で休養しながら、時間がなくて読めなかった経済関係の本などを読みました。

27日は、ようやく元気になり、市役所前で早朝宣伝を行い、午前中は宣伝カーに乗って街頭宣伝を行いました。午後からは団会議に参加しました。

さて、大阪市の教職員組合が、2012年と2013年の教研集会開催のために大阪市立小学校の使用を申請しましたが、橋下大阪市長は組合への便宜供与を禁止した条例を理由に、使用を認めませんでした。このことについての裁判の判決が出されました。結果は大阪市の敗訴です。
大阪市の場合、大阪市が労働組合事務所の退去を求めた件でも、敗訴。職員へのアンケート調査でも、市の対応を中央労働委員会が厳しく批判し、橋本氏が一旦陳謝しました。

大阪市の場合、民間校長や民間区長が様々なトラブルを起こし、橋下氏の盟友の中原大阪府教育長が、先日問題となった同僚教育委員に対するパワハラ発言だけでなく、府の職員にも相当ひどい言葉を発していたことを蔭山教育委員長が認めています。

また、大阪市では橋下氏がスカウトした交通局長が、自分の知人の企業に市の仕事を随意契約で行わせたり、賄賂といわれても仕方がないような接待を受けていたりと、問題ばかり起こしています。

このように、「今までの市長がやらなかった新しいこと」として橋下氏が行ったことは、ことごとく失敗しているといえます。人を見る目がない、常識的な民主主義的感覚がない、という橋下氏の体質が、上記のことからよーくわかります。

2014年11月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : makoto arai

11月23日 ー橋下氏は、逃げる口実がほしかっただけ?ー

19日は、午前中は松下市議と、豊南・庄内地域で街頭宣伝を行いました。午後からは私単独で、末広町・蛍池方面で街頭宣伝を行いました。

20日は、衆議院選挙予定候補の山はた光子大阪八区国政対策委員長や、いつき市議、山本正美市議らとともに、岡町駅で早朝駅頭宣伝を行いました。その後午前中は、私単独で、宣伝カーで街頭宣伝を行いました。

午後からは私用で千里に戻り、夕方からは庄内地域行われた民主商工会主催の食べ歩き会に参加しました。普段はお目にかかれない方と色々とお話しできて、大変有意義な時間を過ごしました。「また次に庄内に来た時には食事に来よう」と思えるお店と出会えたのも嬉しかったです。

21日の金曜日は、衆議院選挙予定候補の山はた光子大阪八区国政対策委員長、堀田府議、山本いっとく市議らとともに、蛍池で早朝駅頭宣伝を行いました。
その後、この日は私用で休みを取っていたのですが、実家に向かう車の中で突然頭に激痛が走り、その後はしばらく頭痛が続きました。

22日の朝、頭痛は大分ましになったのですが、気分も悪く、身体もだるく、妻も心配していたので病院に行きました。病院でCTをとった結果、脳には異常はなく、過去の病歴などから、多分「帯状疱疹ヘルペスの初期だろう」ということで薬をもらいました。
午後からは、この日2箇所で集会があり、私がお話することになっていたので、しんどかったですが頑張って参加しました。頭がはたらかず、あまり言いお話ができなかったのが申し訳なかったですが。
ヘルペスは、ストレスがあったり抵抗力が弱くなると出てくるそうで、ここのところ少し無理をしてきた影響かなあ、と思うのでこの2~3日は静養しようと思います。

ところで、橋下氏と松井氏は、衆議院選挙への出馬を見送るようですが、当然でしょう。だいたい、「出馬をしようか」という発想が出てくる事そのものが無責任きわまりないと言えます。

もし、出馬して、例え橋下氏と松井氏が当選したとしても、市政・府政の投げだしの批判は相当大きくなり、後任を決める大阪市長選挙・大阪府知事選挙では、「維新包囲網」がひかれますから、まず勝利するのは無理でしょう。

そうなれば、大阪都構想どころか、4月の統一地方選挙で惨敗することは目に見えています。そんなこともわからないのか、と本当にあきれます。大阪にとことん責任を持つつもりならば、最初から「国政選挙の立候補はありえない」という返事が返ってくるはずです。
結局、橋下氏は、大阪都構想実現の見通しがむずかしくなり、「勝てる見込みがなくなってきた」ために、これ以上やるのがいやになってきただけではないでしょうか。

2014年11月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : makoto arai

11月19日 ー日本共産党大阪八区(豊中市)候補は、「山はた光子」氏に決定!ー

11日の朝は、庄内西口で駅頭宣伝を松下市議と行いました。その後午前中は、山本正美市議と一緒に地域を訪問しました。
午後からは、団会議に出席するとともに、市長に2015年度予算要望書を提出しました。

12日の午前中は、某婦人団体の例会に出席し挨拶をさせてもらいました。
午後からは、市議団控え室で仕事をし、夕方は曽根駅で山本正美市議、いそがわ前市議とともに駅頭宣伝を行いました。

13日の朝は、山本いっとく市議と柴原駅で早朝駅頭宣伝を行いました。午前中は、山本いっとく市議、後援会員の方の3人で、待兼山地域を訪問しました。
午後からは、千里地域で宣伝カーで街頭宣伝を行いました。夕方からは府会選対会議に出席しました。

14日の朝は、緑地公園駅で出口市議とともに駅頭宣伝を行いました。
午前中は、松下幹事長の代理として市職員から説明を受けました。
午後からは、市議団控え室で仕事をし、夕方は庄内東口で駅頭宣伝を行いました。

15日の土曜日は、午前中は自宅で資料などを読み、午後からは公民分館文化祭を2カ所まわるとともに、党支部のつどいに出席しました。

16日の日曜日は、午前中は出口市議地域のバザーに参加、その後桜塚のぞう公園で行われた市民力フェスタに参加しました。
自転車をこいで電気を起こすアトラクション(下写真)もあったりして、多くの人で賑わっていました。その後は、公民分館主催の文化祭を、7カ所まわりました。

IMG_0961

17日は、千里中央で幸村市議候補と、早朝駅頭宣伝を行いました。その後、午前、午後と宣伝カーに乗って、解散総選挙に向けての街頭宣伝を行いました。
夜には、箕面の実家の母の所に行きました。

18日の午前中は、来年4月の統一地方選挙候補者の新聞社による写真撮影のために大阪府庁に行きました。
午後からは市議団会議に出席。夜は、豊中市議会議員団全体の懇親会に出席しました。

さて、いよいよ解散総選挙です。日本共産党豊中地区員会は、大阪八区(豊中地区)の候補者として、山端光子氏を擁立することを決めました。山端氏の写真・経歴と挨拶は次の通りです。皆さんのご支援を、どうぞよろしく御願いします。

山端写真  きれい番
(経歴)

大阪市出身、箕面市立桜保育所父母の会会長、箕面小学校学童保育父母の会会長、大阪成蹊女子短期大学卒、民間会社勤務、箕面市議会議員候補、大阪府議会議員候補、日本共産党豊中地区委員会勤務、大阪8区国政対策委員長

★ごあいさつ★

二人の子どもの親として、「ブラック企業」が横行し、まともに就職できない若者がいっぱいの社会に胸を痛めます。年金は引き下げと消費税増税、食事を減らし、薬を減らして何とか生活している家庭が増え、安倍政権に強い怒りを感じています。

私は、この暴走政治にストップをかけることが何よりも必要だと感じています。大阪では、橋下市長による強権政治が破綻し始めています。

日本共産党が伸びれば、沖縄知事選挙で勝利したように、立場を超えて「共同」が広がり、戦争する国づくりや原発再稼働、大阪都構想ストップすることができます。私はこの豊中から、政治を変えるためにチャレンジします。

 

2014年11月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : makoto arai

11月11日 ー二重行政の無駄のデタラメさ。大阪府立体育館と市立中央体育館の例からー

11月6日は、岡町駅で山本正美市議、いつき市議とともに早朝駅頭宣伝を行いました。その後市役所で仕事をした後、いったん千里地域にもどって地域の支部会議に参加しました。午後からは自宅で少し仕事をしたの後、夕方からは地区委員会で行われた候補者会議に出席しました。

7日は、蛍池で、堀田府議、山本いっとく市議とともに早朝駅頭宣伝を行いました。
その後千里にもどって地域の選挙対策会議に出席。午後からは、蛍池公民館でおこなわれた公民館祭りに堀田府議とともに参加しました。
公民館まつりでは、沢山のすばらしい作品を拝見するとともに、楽しいコーラスも聞かせたもらいました。

8日は休暇をとり、妻とともに長女宅に行き、久しぶりに孫の蘭ちゃんに会ってきました(写真)。2ヶ月ぶりで、顔もふっくらとしてとてもかわいくなっていました。孫には、おじいちゃんではなく、「まこちゃん」と呼ばせようと思っていましたが、妻が「まこちゃんなんて、最初は言われへん。それに、ややこしくなるから、おじいちゃんか、じーじーでいいの」と言われ却下。それで、「おじいちゃんですよー」と言ってだっこしましたが、おじいちゃんになりきれない私にだっこされ、あまり機嫌は良くありませんでした。

IMG_0925
9日は、午前9時から桜井谷公民分館主催の文化祭に山本いっとく市議と参加し、午前10時からは、いつき市議ブロックの学習&つどいに参加して挨拶をしてきました。
その後、豊島北公民分館主催の文化祭に参加しました。ここでは、手作り同好会に参加されている男性の方とお話する機会があり、すばらしいできの手作り作品を多数見せて頂いて、本当に感心しました。
その後は千里にもどって、北丘おやじの会主催の懇親会に参加しました。以前より、北丘おやじの会の代表Aさんより、「一度、東丘ダディーズクラブの活動について話を聞かせて欲しい」と言われていたので、この日伺ってお話をさせてもらいました。
この日の懇親会をきっかけに、北丘おやじの会には新しいメンバーが沢山参加されることとなったようで、本当によかったです。
その後は岡町に行き、午後4時からは婦人団体の会合に出席し挨拶を行いました。
夜6時からは、新千里北町地域自治協議会の会議に出席しました。

10日は、千里中央で、幸村直行市議候補と早朝宣伝を行いました。その後午前中は、市役所で、昨日頂いた相談への対応や市議会だよりの作成などを行いました。
午後からは、山本正美市議と宣伝カーで街頭宣伝をしました。また夜は、淀屋橋で行われた「中之島図書館を守る会」の総会と後援会に出席しました。
さて、府議候補として連日街頭宣伝をやっていますが、維新の会が言う「二重行政の無駄」のいい加減さをお話しすると、多くの方が「なるほど」と言ってくれます。
大阪維新の会のホームページの大阪都構想の項目を見ると、二重行政の無駄として、大阪市立中央図書館と大阪府立中央図書館、大阪市立中央体育館と大阪府立体育館などがあげられています。
では、ふたつ作ったためにそれぞれが余り利用されていないのでしょうか。決してそうではありません。

例えば体育館の場合、少し前のデータですが、2008年度の府立体育館のメイン競技場の稼働率は75.8%、市立中央体育館は88.1%です。両方ともとてもよく利用されているのです。

そして、府立体育館は大相撲などプロの興業が結構多く、市立中央体育館はアマチュアの大会がメインで、利用者のある程度のすみわけもされています。従って、「市立中央体育館を無くして府立体育館に統合したら、アマチュア大会開催に大きな影響が出る」と大阪市の担当部局も言っています(平成24年2月29日付けで出された「大阪市立スポーツ施設の事業分析について」を参照)。

これの何処が無駄なのでしょうか。ただ大きな施設が二つあることだけをとって、ムダだという。本当にデタラメな主張です。
大阪都構想の財政効果額についても、大阪維新の会は4000億円と言っていましたが、日本共産党大阪市議団の試算では、効果額はわずか7億円であることが明らかとなりました。本当に、大阪維新の会の言う「二重行政の無駄」はデタラメだらけ、です。

2014年11月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : makoto arai

11月6日 ー豊中市での体罰事案について考えるー

11月1日は、疲れがたまって気分が悪くなるくらい肩こりがひどくなったため、急遽休みにしました。考えてみれば、候補者活動を本格的に初めて丸2ヶ月。一日ゆっくりと休んだ日はありませんでした。ただ、元気で、特に疲れも感じずにこれまでやってきたのですが、さすがにボディーブローのように疲れがたまってきたようです。
今後はやはり定期的に休みをとるようにしたいと思います。 ただ、休みとは行っても一日ボーとしている時間はなく、自宅で資料を読んだり、文書をつくったりと結構仕事をしました。また夜は久しぶりに、八中親父の会の例会に参加しました。

2日は、公民分館主催の文化祭で7ヶ所まわりました。また午前11時から、憲法9条を守る会のパレードにも少し参加しました(写真)。

IMG_0889IMG_0892
午後2時からは、出口市議ブロックの集会に、午後3時からは上新田での後援会の集会に出席。その後は千里に戻って、北丘公民分館主催の文化祭の準備を手伝いました。

3日の午前中は、浅野元府議と庄内地域を訪問。午後からは地域の行事に参加し、その後は北丘公民分館文化祭の後かたづけを手伝いに行きました。

4日は、曽根駅で早朝駅頭宣伝を、出口市議、いそがわ前市議、山本正美市議らと行いました。その後、午前、午後と団会議を行い、2015年度予算要望書について検討しました。
夜は、北大阪急行が箕面市萱野まで延伸される件で、千里コラボで説明会がありました。北急の延伸によって、新千里北町の緑地帯に大きな換気口がつくられるとの提案がされましたが、住民からは「箕面市のために、どうして豊中の貴重な緑が削られないといけないのか。大変憤りを感じる」との意見がだされ、多くの参加者から拍手がおこりました。

北大阪急行の延伸によって、箕面市民は多少便利にはなるでしょう。しかし人口減少社会にあって、莫大な税金を投入してどうしてもやらなければならない事業とは思えません。そして、北急延伸のための工事では、箕面市が莫大な事業費負担を抱えることになります。それが今後、箕面市民のための福祉サービス削減となって影響が出てくることは目に見えています。

5日は、服部駅で、出口市議、山本正美市議と早朝駅頭宣伝を行いました。その後午前中は山本正美市議と、工場関係の支持者を訪問。貴重な意見を色々と聞かせて頂きました。午後からは、いつき市議と宣伝カーでまわり街頭宣伝を行いました。
夕方かは、桃山台駅でいそがわ前市議と駅頭宣伝を行いました。

さて、昨日、豊中市の小学校教員に対する体罰事案の処分が発表されました。
内容は、小学校5年生の担任であった教員が、席を離れる際は椅子を机に入れるように指導していたのに、椅子を出したままにしていた児童に対して、3日のうち3時間の授業を椅子なしで受けさせ、2日間、給食を椅子なしで食べさせた、ということでした。児童は、「ごめんなさい」と教員に対して謝っているのにもかかわらずです。

その後児童は6年生になって担任はかわったものの、不登校気味になり、今は登校していないそうです。教員に対しては、処分として文書訓告がなされました。
一口に体罰といっても、その中身をしっかりと吟味することが必要です。まずケガをさせたりした場合は、いっさい弁解の余地はありません。
ただ、ケガまでには至らなかった場合、大きく二つのケースに分けて考えるべきです。

一つは、児童が指導に従わなかったために、カッとなって手を出したケース。
もう一つは、今回のように、冷静に体罰を与えているケースです。

前者の例では、教師は指導のプロですから、カッとして生徒をたたいたりすることは許されません。しかし、その場合の体罰は、いわゆる「罰」ではなく、不適切な感情表現という方が正確だと思います。

ところが、今回の様なケース、つまり後者の場合は、あくまで「肉体的苦痛と精神的苦痛を子どもに味あわせるためにおこなった罰」です(冷静に子どもを殴っている場合もこれにあたります)。これは、教師が冷静に判断して行った行為であり、思わず手が出た、という感情レベルの問題ではありません。

「このような行為をしても問題ない」と教師が判断している、その認識が大いに問題となのです。つまり、そのような体罰をしたら子どもがどれだけ精神的に傷くか、という事を考える力量が教師にない、ということなのです。それ故、体罰を加えた子どもに対してだけ問題があったわけでは決してなく、他の子ども達への指導にも日常的に問題があっただろう、と容易に推測できます。子どもの人権を省みない指導を冷静に行うような教師は、教師の資質として決定的に問題があるのです。

今回の事案の教員は、椅子を取り上げた児童への指導を大いに反省して、日常的にも指導のあり方が根本的に変わったのでしょうか。

教師も人間ですから、不十分なことは多々あります。よかれと思ってやったことが結果的に子ども達を傷つけてしまった、ということはあるでしょう。
ただ私は、「子ども達を、くり返し平気で傷つける教員は教育現場からは退場していただくしかない」と思っています。

2014年11月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : makoto arai